かかしです。

 

 

 

 

 

今日はちょっと変わった話をします。

 

誰もが経験・・・「ハゲを見て笑う」

 

みなさんも子供の頃こんな経験はなかったでしょうか?

 

「親戚のハゲたおじさんの頭が面白くて触りに行く」

「アニメや漫画で校長先生のカツラが風に飛ばされるシーンで大笑いする」

 

お笑い芸人でもトレンディエンジェルをはじめ、

多くの芸人がハゲ・薄毛を笑いのネタに使っています。

 

このことから、ハゲ頭は何故か

笑ってしまう要素があるのは確かでしょう。

 

僕自身も多感な中学生の頃、

学習塾の社会の授業でスライドに

国会の様子を映して説明しているときに、

 

誰かがボソッといった「座っている人のハゲ率高くない?」という一言がツボに入り

笑いが止まらなくなった記憶があります。

 

しかしながら、どうしてハゲ・薄毛は

笑いを引き起こすのか気になりませんか?

 

真実はさだかにはなりませんが、

かかし流の考察を報告したいと思います。

 

そもそも、どうして人は笑うのか?

 

「笑い」にはスマイル・ほほ笑みといった表情のみの笑いと、

ラーフという声をだして笑うことの2種類がありますが、

今回注目するのは後者のラーフになります。

 

笑いについてイギリスの哲学者ハーバート・スペンサーは

次のような解釈を言っています。

 

「笑いは偉大なものが、予想外のところで価値の低いものに変わるときに

不調和が生じて自然と笑いが起きる」

 

また、ドイツの哲学者イマヌエル・カントの考えでは、

「笑いは緊張状態が解ける時に生じる情動」ととらえています。

 

ハゲ頭に人が笑う心理を当てはめてみる

 

では、これらをハゲで笑いが起きる時に当てはめてみると

髪の毛がある状態というのが価値の高い状態であり、

髪の毛がない状態というのが価値が低い状態ということになります。

 

校長先生のカツラの例では、

校長先生という価値の高い存在がカツラが取れることで

不意に価値の低い存在に変わることで笑いが生じると考えられます。

 

他のことで例えるなら、武士が決闘の場で

刀を引き抜くと刀身がメッチャ短い!!

 

みたいな感じですかね。

 

親戚のオジサンの例では、

大人という価値の高い存在の中で

頭の部分だけが価値の低い状態になっていて、

 

その不調和が面白さや笑いの

キッカケになっていると考えられます。

 

こちらも例えるなら、スーツ姿のイケメンが

ランドセルを背負ってるみたいな感じですかね。

 

恐らく、同じハゲであっても幼児や

赤ちゃんであれば面白いという感覚はないと思います。

 

髪の毛があることに価値がある?

 

ところで、そもそもなぜ髪の毛がある状態が

価値のある状態とされるのでしょうか?

 

江戸時代には髪の毛は、髪型によって

武士などの身分の高い職業を示すために使われてきました。

 

また、西洋でもバッハやモーツァルトに見られるように

髪の毛を盛ることが権威の象徴となっていました。

 

つまり、昔から髪の毛=力や権威という

認識があったことになります。

 

僕はこの理由は原始時代にあると考えました。

 

原因は原始時代!?髪の毛の量が示すものとは?

 

原始時代では髪の毛の成長に必要な

タンパク質は狩りでしか得ることができず、

当然ながら狩りの能力の低い雄は栄養が

不足していき髪の毛も痩せていったと考えられます。

 

動物の毛が体温調整のために生えているのに対し、

人間の髪の毛は生物的には用途が不明で必要ないものであり、

生存がかかる場合には優先して削減されていく場所であると思われます。

 

また、髪の毛が抜けることは老化に伴う現象であること、

動物の脱毛が病気に由来することから

「毛がない状態」は不健康を連想させることから

髪の毛の状態で健康状態を想像することができます。

 

つまり、髪の毛の有無は生き物としてのバイタリティや生活力を

本能的に判断する材料として髪の毛の量を

見ているのではないかということです。

 

結論~なぜ人はハゲ頭をみて笑う理由~

 

以上のことから、人がなぜハゲ頭をみて笑うのかというと、

 

「社会的な地位が確立している存在(大人・年上・地位の高い存在)が

生物的に劣っている要素を同時に持っていることに対する不調和が感じられるため」

 

と結論づけることになります。

 

それでは今回は以上になります。

 

かかしでしたー。